車中にて

むか〜しむかし、私がまだ学部生の頃のこと。大学に向かう電車の中、七人がけの座席には私を含め比較的細めの女性ばかりが7人座っていた。そうすると座席って結構隙間空くの。かといって誰かもう一人座れるほどではないので、悩ましげな間隔である。私とその隣の女性の間くらいの位置の前方に50歳前後の女性が立っており、われわれに向かって「ちょっとつめてもらえます?ウフフ、座れないかしら」と言ってきた。隙間が空いているといってもその間隔20cm弱、到底中年女性のお尻が収まるスペースではない。私は目を見開き、意外なことを言われて驚いたといった表情を作りながら「ここにあなたのお尻が入るとでも思うんですか?」と言ってみたかった、心から。勿論言えなかった。私の隣の女性など唖然として絶句している。私はこんな中年女と問答するのも億劫なので、可能な限りその隙間が広がるように逆方向に詰めた。「無理かしら、ウフフ」と言いながらお知りをクイックイッとねじ込むその中年女の姿を見て、私は絶対こうはなるまいと心に誓った。
そう、そこまでひどくはないのである、私はまだ。私はたまたま7人がけの座席にできた隙間がちょうど私のお尻にとってジャストサイズだったのを目測したからこそそこに腰掛けたのだ。事実両サイドの人間は微塵も詰めてくれなかったけれど私のお尻はぴったりとあつらえたようにそこに収まった。サイズが適正すぎたのだ。私の太ももと隣のオヤジの太ももは一部の隙なく密着し、オヤジの保有する熱が私のほうに移動してくる。熱は高いほうから低いほうへと移動するのだ。熱だけでも十分すぎるほど不快なのにも拘らず、非常に湿り気を感じた。毛穴最大にして水分吐き出してるとしか思えないほどの湿気。湿度100%、私の不快感をはかる針も振り切れんばかりの勢いだ。そもそもそんな狭いところに座った自分が悪いにも関わらず、私はかたくなに自分の居場所を死守することに専念、隣のオヤジもさぞかし気分が悪かったことだろう。お酒を飲むといつも私は自分がオヤジになるのではないかと危惧してしまうが、酒が入ってないと今度はオバサン化してしまうのだろうか。自分の中に秘められた可能性に気づかされてぞっとした次第であった。