喪中

私は今、喪に服している。何故なら、万年筆をなくしたから…。高いといってもたかがペン、にも拘らずここまでの喪失感を味わうとは思いもしなかった。ペンケースごと紛失したのだが、その事実に気づいた瞬間私を眩暈が襲い、胃がむかつき、激しい嘔吐感に苛まれた。落とした、落とした、落とした。あんなに大事にしていたのに落とした。何で今手元にないの?理解できない――――。事実を受け入れられず突発的に衝動的に死んでしまおうかと思った。私の心の中でこんなにも大きなスペースを占めていたなんて、知らなかったのだ。恋人に振られたとしてもここまでの喪失感があるだろうか。
なんとか現状を受け入れるためにいろいろ考えてみた。何か私に傲慢なところがあったから、このペンを失う羽目になったのかもしれない。これは試練である、と。そしてこの考え方に胸が悪くなった。自分の苦しみをすり替えているに過ぎない。ある意味合理化ともいえるのかもしれないが、現実を直視しない生き方は長い目でみると私にとっては精神を蝕む結果になる。しかし苦しい。どうすればいいのか。なんとか自分の精神を立て直すために考えてみるのだけれど、頭に浮かぶことといったらこんな風。先日会った人が、子どもは親を選んで生まれてくると思うと望まずにできた子どもでも自分にとって幸せな存在になると言っていた。では私の万年筆は選んで私の手元から逃れたのか…?だめだだめだ!こんなことでは益々苦しくなる。そうか、このペンばかりを偏重していたがために他の万年筆たちが嫉妬をしたのだ。思えば6月、このペンを手に入れてからというもの他のペンは一切使っていない。ではペリカンアウロラが共謀してこのデルタを追い出した??いや私のペンたちはそんな心の狭いものではない!
結局どうしようもないのだ。大切なものを失っていながら安易に精神を立て直そうというのが間違いなのだ。ここはもう完全に悲しみに沈みこみ、喪に服することが失われたペンに対する供養になるのだ。誰かに拾われたのであれば、大事にされているといいのだが。私以外の持ち主に渡ったとしても大切に使われていてほしい。本当に本当に大切なペンだったのだ。もうこれ以上、万年筆を買わなくても良いと思えるほどに。デルタのアニマルズ。象の万年筆だった。