「留学経験」で誤解を受ける

来栖けいってすごいね、あの人。食べるものにかけるお金はどうやって捻出してるんだろうね。羨ましいね。車はベンツだってね。まだ26歳なのにね。
なんでかわかんないけど英文翻訳の仕事をすることになり、だから英語は(業務で使える)最低レベルだと言っておろう、と内心独り言ちていたら翻訳の練習をさせられる事になった。私が訳したものを先生が添削してくれるのだが、そんな手間をかけるくらいなら初めから英語力のある人間を探してくればよいのでは、という私の意見は却下された。
先生が使用するペンは青ペンで、これを見るとかつて大手通信添削業者で添削員をして小金を稼いでいたときの事を思いだす。添削内容に不備があったりすると答案のコピーに青ペン先生が青ペンで指導してくれるのだ。私が指導していたのは無論物理なのだが、誤った答案に対して想像できる、高校生の問題に対する誤解について「あなたはこれこれこういう風に解釈したのかもしれませんが、ここではこのような点に気をつけて考えましょう」などと書いていたら青ペン先生に指導された。
「先生(私のことだ)の奥ゆかしいお人柄が表れているのでしょうが、かもしれない、などという曖昧な表現は避けて明確に指導してください」
会ったこともない人間に「奥ゆかしい」って言われたぞ!今までの人生で一度も言われたことないのに。そして「かもしれない」は対象が断定できない事柄だから選んだ表現方法であり、奥ゆかしさから出たものではなかったのに。理系の人間のある種の厳密さから出た表現だったのにね。勝手に「奥ゆかしい」などと断じられて誠に業腹。青ペン先生の人に対峙する時の適当さ加減に幻滅。
などとぼんやり思い出しつつ焦点の定まらない目で英訳に取り掛かっていたら私がこのような目に合っている原因が判明。経歴に「イタリア留学」と書かれていたらしく、そしてそれは確かにその通りなので決して間違いではないのだが、上の人間の目には「イタリア」はスルーして「留学」しか留まらなかったらしい。「留学」=「英語が出来る」という単純思考であったらしい。或いは「イタリア語が出来るなら英語は当然できるに違いない」という思い込みであろうか。留学って言ったって3ヶ月フィレンツェでだらだら過ごしてただけなのにネェ。そういや随分前にある会社で面接を受けた際に、初めての面接が社長面接でそれ一回で採用が決まるというワンマン振りを発揮している社長が私の履歴書見ながら
「このフィレンツェ大学云々というのは、日本にあるの?」
と聞いてきたこともあった。あるわきゃないダロ。留学というのはかくも誤解を与えるものらしい。