気がつけば

前回の日記から約1ヶ月。実は前回の日記を書いた直後に非常に甚大なる精神的ショックを受けて再起不能に。あ、嘘だね。だって日記こうして書いてるもんね。ちゃんと再起したじゃん。私自身に何事かが起きたというわけではないのだが、あれはショックだった…。その内容をここでつまびらかにすると再度廃人になる可能性があるので、そのうち気が向いたらmixiの方に独り言っぽく書くかも。
ところで、引きこもり生活である。先週金曜日に鉄道関係の会社での校正の仕事を終え、無職ライフをエンジョイする筈であったのだが、有職で引きこもり生活を送る羽目に。私の無職はたったの2日間。昨日からなぜか在宅で仕事をしているのである。いわゆる、フリーランスっちゅうやつですか? フリーランスでの仕事を望んでいたわけではなかったのだが、通勤がイヤだ、毎日決められた時間に決められた場所に行かなければならないのが苦痛だ、仕事ならやるから己の裁量で時間を使いたい、とかねてから思っていたら知らぬ間にフリーランスに。人間、努力しなくとも勝手に望まし状態になるんスね。いや、望ましいっていうか、ほんとに勤め人が向いてなかっただけっていうか。引きこもって生活したい、と“思っていただけ”なのに実現した驚きよ。
そんなエンジョイ引きこもり生活なのだが、今日で在宅作業はまだ2日目にもかかわらず早くも辛いので驚きである。怠惰な人間は自己裁量で時間を使えるとなると、際限なく作業を後回しにし、ギリギリになって泣くはめになるわけだが、しかしスケジュールに余裕がないために後回しすることができず、結局勤め人のときと同じ時間に起床し、読書タイムとして有効活用していた通勤時間は洗濯の時間となり、むしろその分引きこもり生活の方が労働は増えているわけである。在宅ワーカーってもっと気ままなものではなかったの…? 予想外の展開にとまどいを隠せない。そして他者の目がないため集中が途切れやすく、無駄にネットやったりしてさ。だからこそ今、こうして日記を書いているのだけれど。でもって夜は家人が帰って来るでしょ? 本当は働いているにも関わらず、家にいるせいでなんとなく、ちゃんとご飯作んなきゃいけない気分になったりしてさ。普通に働いているときより凝った料理作ったりしてさ。やっぱ労働が増えてんじゃん。で、家人がいるとやはり集中が途切れて仕事なんかできなくなるし。あれ、他者の目がないと集中が途切れ、他者(家人)の目があっても集中が途切れるって、要するに私は集中力がないってことかね。いや、違う。ホラ、だって会社の人々は友達じゃないじゃん。だから雑談とか、べつにしたくもないじゃん。家人の場合は、くだらない話とかしたくなるでしょ? だからしょうがない。私は悪くない。
まとめると、現状の私は主婦並みの仕事をこなしつつ校正も行っているので、かつて見せたことのない程の働きっぷりを発揮しているわけだ。しかも読書の時間がちゃんととれていない分、喜びを捨ててさえいる。おい、だれか私に家事労働分の賃金を払え。せっかく引きこもり生活してるのに全然楽しくない。結局私の場合、作業の形態を問わず労働は向いていないということなのではなかろうか。もう自分でお金稼ぐんじゃなくて、だれか富豪からお小遣いもらって暮らす生活がしたい。これも思い続けていたらそのうち勝手に実現するかもしれないから、今後この願望はずっと抱き続けることにする。