坊ちゃん忍者幕末見聞録

奥泉光著 \743 中公文庫 ISBN:4122044294
約5年ぶりの奥泉光。今回で2冊目である。初めて読んだのは「我輩は猫である殺人事件」。これ、漱石好きには堪らない、ファン垂涎の作品であった。なので今回もタイトルの「坊ちゃん」にビビっと反応して即購入。しかし内容は坊ちゃんとは全然関係ない。しかし爽快さは相通ずるものがあった。
結論から言うと、面白かった。私は好きだ。しかしこの好きは、恋愛初期におけるのめりこみのようなものではなく、長年連れ添った熟年夫婦のようなものである。安心して穏やかに面白い。噴出すような笑いではなく思わず顔がほころぶような類のものである。それに私はこの人の文体が好きだ。面白い。決して天才肌と言うのではなく、考えに考え計算された文章だと思う。そういうものに対して私は賞賛を惜しまないが、なにぶん長いもので途中でくどくなって鼻に付くようになる。倦怠期である。
しかしこの人は偉いもので、私がちょうと飽きてきたところで隠し玉登場。なんだあの展開。論理性のかけらもない展開に対して何一つとして説明を成さない。そこが素晴らしい。わけのわかんない展開に説明なんかつけちゃったらダメだ。そんな言い訳がましいのは面白くないのだ。読み手がえぇ!?と吃驚している間にどんどん話が進んでいく。そういうのが快い。ただ残念ながらそのわけの分からなさも何度か使ってしまうと新鮮さを失い、またか…、という気を起こさせる。このしつこさがなかったらどんなに良かったか、と思ったりもしたが、読み終わってから合点がいった。これ、新聞連載小説だったのだ。毎日毎日細切れに読むのであれば丁度よいくらいだろう。新聞連載時に読めたら私ももっと幸せだっただろうな。でもいい。奥泉光、好きだ。