易きに流れる

現在とても後悔すると同時にいたく反省をしております。何がって、ときメモなんかダウンロードしてしまったことだよ。無駄に時間とお金を使った挙句、結局どの女とも上手く行かなかった上に大学にも落ちた。昨日散々「ばかじゃねぇの?」と書きましたが、ばかは私でした。これ以上無為に過ごすことが可能であろうか。
明日から社会復帰のリハビリが始まります。2ヶ月以上も寝たきりで過ごして、果たして私は社会に適合できるのでしょうか、などと書いている現在もベッドに腹ばいになっています。腹の下で電気毛布がぬくぬくと暖かいです。こんな寒い夜は、電気毛布が欠かせません。三浦しをんを見習って命名すべきであろうか。彼女の電気毛布は確かカルロという名前であった気がするが。それなら私はムスターファ。命名に深い意味はないので無視してください。というかこの日記自体になんの価値もないので無視してください。つまり読まなくてよいという意味です。
いじけはじめたので仕切りなおし。1月の半ばから後半にかけて映画観たり本読んだりして、結局この無職期間にやろうと思っていたことが殆ど終わらなかった。本当にそれはやりたいことであったのだろうか。なんだかまるで「試験勉強」みたいな扱いだ。これを読み終わったら始めよう、これを見終わったら手をつけよう、と後回し。これじゃいかんとこの1週間は映画も本も絶っていたのであるが、いたずらに睡眠時間が増えるばかりであった。ちょっと眠いから一眠りして頭をスッキリさせてから始めよう、って。ますます「試験勉強」。
きっとこのデューティのない状態がいけないのだ、「いつでもやれる」から後回しにしてしまうのだ、と開眼し、それなら明日からは調子よく着手できるのではと淡い期待を抱いているのであるけれど、きっと明日からは「平日は働いているから週末にしよう」「週末は疲れてるから休まなきゃ」「手をつけるのは小金を貯めて日本脱出してからでいいや」と心が移ろうのが目に見えるようだ。かかる性質がニートらしさと言えなくもない、などと客観視したところで、だからなんだというんですかね。もうワタシ疲れました、休ませていただきます。といったところで本日これにて終了。