村上春樹シンポ

タイトル通り。駒場村上春樹シンポジウム。興味本位で申込み運良く抽選に当たったのでのこのこと出かけていったが、駒場の正門が視野に入った時点で弱気になってきた。なんでかってねぇ、よく考えると最後に村上春樹を読んだのは10年以上前。しかも「ノルウェイの森」「国境の南、太陽の西」「ねじまき鳥クロニクル」しか読んだことが無いし、そもそも春樹のファンじゃない。何か場違いな言動をして「お引取りください」なんてことになったらどうしよう、今から引き返そうか知らん、会の最中に誰かパネリストと目が合ってしまって感想とか質問することとか求められたりして「殆ど読んだことがないので何も言えません」とか答えてしまって白眼視されないとも限らない、などと私は一体どこまで自意識が強いのであろうか。
そんな私の心中を見透かしたのかパネリストが会が始まって早々に「別にファンの集いではないので…」と発言し、私は春樹ファンではない私にもこの場にいる権利はあるのだという安堵感を得つつも、シンポジウムなのにファンの集い的勘違いによって人知れず狼狽していた事に対する恥じらいと自身の愚によっていたたまれぬ気分になったが、そんな話はどうでも良いのである。兎に角冒頭のリチャード・パワーズの講演は面白かった。ニューロサイエンスの話から始まり、私は春樹についての講演のはずなのに一体何故サイエンスなのだろう、と不思議に思いつつもいつしか話自体に面白さに引き込まれ、しかもちゃんと矛盾なく春樹の話につながっていったので感激。ミラーニューロンって凄いね。他者と自己の認識については私も予てから大変興味があり、具体的に言うと私は私自身に対して猛烈に興味を持っているというか、はっきり書くと他人にさして興味がないので、私自身が、世界をどのように認識しているのかという事を飽きもせずに昔から考え続けているのだけれど、その私の興味と関心に対してこのミラーニューロンの話は大変有益であった。単純に神経科学の話だけで十分面白かったのに、それが当然ながら春樹の作品へとつながっていくわけで、そうすると此れまで決して熱心な読者ではなかった私ですら村上春樹作品に対して俄然興味を抱いてしまうのでした。パワーズの講演については4月発売の文春か何かに掲載されるそうです。ちなみに訳は柴田元幸
パワーズの講演の後は、韓国、台湾、ロシア、フランス、アメリカの翻訳者が舞台に登場したのだけれど、これは面白さが微妙と言うか、結局翻訳者は能力が高かったとしても普通の人なので、別に人前で話しなれているわけではなく、話し方がうまい人とそうでない人とでこちらの集中力も上がったり下がったり。アメリカの翻訳者は話が面白かったです。ある作品の登場人物(大人の男)の、幼い少女に対する感情というのが、日本語で読むと客観的で、情熱的なものではないのに英語で読むとロリコン的でエロティックなものを感じてしまったのだが、これは文化的なものが背景にあるのか、という質問をした人がいたのだけれど、それに対してこのアメリカの訳者は「翻訳者がエッチだからじゃないですか」とか何とか回答していた。
各国語版でどのような表紙が採用されているかの紹介もあったのだけれど、印象的だったのは中国語版「ダンスダンスダンス」。タイトルが「舞舞舞」だった。確かにね。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」、ハンガリーでは版元に予算がなく、訳者に何か適当な写真があったら貸して、というので訳者の撮った素人写真を使ったらしい。しかもこの訳者、日本でNHKの仕事をしていたそうで「NHKの近く、神南で会社行く途中に適当に撮った」と言っていた。面白いねぇ。自分で「適当に」と言ってるところが面白かったよ。ロシア語翻訳者は「ポートレイト・イン・ジャズ」を訳しているとき、世代とお国柄とでこれまでジャズに無縁だったのでその点で苦労し、「TSUTAYAでジャズをレンタルして聴きながら訳した」と。ロシア人が流暢な日本語で「TSUTAYA」とか言うだけで面白い。
そうそう、台湾人の翻訳者が登場人物の名前がカタカナである場合が特に訳しにくいので、場合によっては漢字を当てずにアルファベットで表記する、と言っていたのを受けて、上記のアメリカの翻訳者は「私は特にカタカナが訳しやすい」と言っていたのが面白かった。しかしもっと面白かったのは春樹の文体についてで、彼はアメリカの影響を受けているそうで、その点アメリカの翻訳者にとっては非常に訳しやすいそうなのだが、春樹の文体に特有の「バタ臭さ」みたいな物が「英語になると完全に消える」と言っていたこと。面白いネェ。そういう事を言われると日本語と英語とで読み比べてみたくなるよ。
とまあ全然纏まりのない日記でそもそも纏める気もないのだけれど、要約すると「いろいろ面白かった」ですかね。大変有意義でありましたよ。帰りは気分が良かったのでついでに渋谷に出て名曲喫茶ライオンへ。もう既に暗くなっており、あの店のある界隈は私のような「年端のゆかぬ」「3歳児」*1は見てはならぬものも多いのでコンタクトレンズを外して見ないフリ、いかがわしい店は存在しないフリをして行ってきた。自分の目に写らなくてもそれらが存在しなくなるわけではないのにね。兎に角ライオンは良いです。かた行きたいです。あぁ、どうしよう。オチもなにもない。どうやって終わらせたらよいのだろう、今日の日記を。どうしようもないので無理矢理終了、さようなら。

*1:3歳児を自称することにしましたよ、o-tsukaさん。10年で1歳年をとります。