ある家族の会話

ある家族の会話 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

ある家族の会話 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

何がどう面白いのかということを言葉で明確に説明することはできないのだが、な〜んか面白かった。なんだろうね、この感覚。第二次大戦前から戦後にかけての、著者自身の家族とその周辺の人々について実名で語られているのだが、割と父親が怒りっぽくて何かにつけて「だからおまえはロバだというのだ」とロバの語が度々出てきて、最初は人に対する説教の仕方として不快でしかなかったのだけれど、読み終わるころにはそのせりふからその人らしさが感じられたりする。母親が割りと情が深そうに見えて実はかなりの筆不精で、親しくしていた人が遠くに引越しただけで一切の連絡が絶たれてしまったり、なんというか良くも悪くも現実の話で虚構っぽさは一切感じられない。実際にあったことを著者が細心の注意を払って、虚構を交えずに描いており、かつそれが小説を超えた波乱万丈人生というわけでもないのに、なんだかじんわりと面白いのは、著者自身の力量によるものなのだろうね。ちなみに途中パヴェーゼとかタイプライターのオリヴェッティとか有名な名も出てきて、私にとってパヴェーゼとかオリヴェッティなんて記号でしかなかったのが、ちゃんとその時代に生きていた人として見えてきたのも面白かった。訳が微妙に気になる箇所もいくつかあったので原文をあたって見たい気がするが、きっと読まないんだろうな、買ったとしても。だから買いません。日本語訳で十分です。
訳といえばこの本の訳者の須賀敦子、ギンズブルグを読んでる途中で「コルシア書店の仲間たち」をふと思い出した。文章からただよう雰囲気に多少の共通点が感じられたのは原著者と訳者が似ているから、というよりは単に訳の過程で須賀敦子風味が加わったせいではなかろうか。わかんないけど。