鉄塔武蔵野線

銀林みのる著 \1478 新潮社 ISBN:410402001X
これは凄い小説だ。私は未だかつてこんな小説を読んだことがない。小学生の男の子が鉄塔を辿って延々と進むだけの小説なのだ。それだけのことを小説として成立させられるなんて。もう冒頭から鉄塔を辿り始め、どこで話が展開するのかな〜と思ってたら辿りっぱなしなのである。わりと初めのほうで私は気づくことができたからよかったけれど、これは大人の目線で読んだら全くもって面白くない、時間の無駄と言うか読了不可な小説なのである。ではどうしたらよいか。まず第一に自分が子どもの頃を思い出す必要がある。完全に思い出せなくとも構わない。自分はどんな小学生だったかなぁと思いを馳せているうちに主人公の目線に次第に寄り添うことができるだろうから。さすれば楽しむことが出来るだろう。私はそれとは別の次元に課題を抱えていたのでちょっと難しかったが。
子どもというのは、といって一般化するのは良くないかな。少なくとも私が子どもの頃は、現実の世界の上に別の世界を投影して生きていたように思う。現実の用途とは全く関係なく目に映るものを何か別のものに見立てたり、自分の精神世界では全く別の役割を与えたりして生きていたのだ。だから一人遊びが得意だったんだけどさ。この小説の主人公も同じように思えた。鉄塔にあれだけ魅せられていたのは、彼の中では鉄塔は本来の鉄塔以上の魅力を持つものだったのだろう。鉄塔に女性的なもの、男性的なもの、その他いろいろな特徴を見出していたのだ。この完全なる子どもの精神世界を直接的に描くことなく、あくまで子どもの行動を通して読者に伝えているのがこの作品だと思う。だから凄い。
と、ここまで書くとかなり私がこの小説を満喫したように思えてならないが、実際はかなり厳しかった。なぜなら大半が鉄塔の佇まいや特徴の描写であったからだ。空間認識能力が極端に劣る*1私にはこれはかなり難しい。風景描写を言葉で行われても全然イメージを作ることができないのだ、私には。だから鉄塔の描写をされても何がそこにあるのか全然分からないのだ。私としてはただ、この子どもたちが鉄塔に対してロマンを感じているのを読み取って、私も彼らとともに切ないような幸福感を味わうだけだ。まあそれにしても読んだ甲斐はあったな。最後の最後が特に私は好きだ。ファンタジーノベル大賞の受賞作ってなんでこんなクオリティ高いんだろ。

*1:例えば行きなれたお店への道順を聞かれても、普段自分がどの道をどのように曲がっているかまったく思い出せない。精神的には一次元的に道を進んでいるから。